生活の教え 15
15 霊的でない人間でも、霊的な人のように理性的に考え、ここから話すことができるのは、人間の理解力が真理である天界の光の中に高揚され、その光を見ることができるからです。しかし人間の意志は同じように愛である天界の熱の中へ高揚され、その熱から行なうことはできません。
ここから、霊的でないなら、人間のもとで真理と愛は一つとなりません。ここからまた、人間は話すことができます、このこともまた、人間と獣の間の違いを生んでいます。
人間が改心し、霊的になれることは、理解力が天界に高揚されることができることによっています、それでもその時、意志は高揚されません。意志もまた高揚される時に、初めて改心し、霊的になります。
意志の能力にまさる理解力の能力から、どんな種類の人間であれ、悪い者もまた、霊的であるかのように理性的に考え、ここから話すことができます。しかしそれでも理性的ではないのは、理解力が意志を導くのではなく、意志が理解力を導くからです。『聖書についての教え』(115番)に述べられているように、理解力は道を教え、示すだけです。意志が理解力と天界の中で一つとならないかぎり、人間は霊的ではなく、ここから理性的でもありません。なぜなら、自分自身の意志あるいは自分自身の愛に残される時、神・天界・永遠のいのち(生活)について自分自身の理解力からの理性的なものを投げ出し、それらに代わって、自分の意志からの愛に一致するようなものを取り入れ、それらを理性的なものと呼ぶからです。
しかしこれらは『天使の知恵』についての論文の中で見られるでしょう。