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生活の教え 69

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69 すでに述べたことですが、前に言われた種類の殺人が人間の内部に出生から隠れているので、同時にすべての種類の盗みとすべての種類の偽証が、これらについては今後述べます、それらへの欲望とともに隠れているので、主が改心の手段を備えられなかったなら、人間は永遠に滅びるしかなかったことが明らかです。
主の備えられた改心の手段は、次のものです――人間はまったくの無知の中に生まれていて、生まれたばかりは、外なる無垢の状態の中に、少し後、外なる仁愛の状態の中に、その後、外なる友情の状態の中に保たれます。しかし〔やがて〕自分自身の理解力からの思考の中にやって来るように、理性にしたがって働くある種の自由の中に保たれます――この状態は前に述べられたものですが(19番)、続くもののためにこれを再び取り上げます、すなわち――

人間は、世にいるかぎり、地獄と天界の間の真ん中にいます。下に地獄があり、上に天界があり、その時、自分自身を地獄または天界へ向ける自由の中に保たれています――地獄に向かうなら、天界から背きます。けれども、天界に向かうなら、地獄から背きます。
また同じことですが、人間は、世にいるかぎり、主と悪魔の間の真ん中に立ち、そして自分自身を一方に、あるいはもう一方に向ける自由の中に保たれています――悪魔に向けるなら、主から背きます。けれども、主に向けるなら、悪魔から背きます。
また同じことですが、人間は、世にいるかぎり、悪と善の間の真ん中にいて、自分自身を一方に、あるいはもう一方に向ける自由の中に保たれています――悪に向けるなら、善から背きます。けれども、善に向けるなら、悪から背きます。

これらが前の19番です。またそれに続く20―22番も見てください。