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生活の教え 99

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99 試練である悪に対する闘いについては、みことばの多くの箇所に述べられています。
主の次のことばによって意味されています――

わたしはあなたがたに言います。小麦の穀粒が地に落ちて、死なないなら、それは単独で残ります。しかし、死ぬなら、多くの実を結びます(ヨハネ12・24)。

なおまた、これらによって――

だれでもわたしについて来たいと欲するなら、自分を捨て、自分の十字架を取り、わたしについて来なさい。自分の霊魂を救おうと欲する者はだれでも、それを失います……けれども、わたしのために、福音のために自分の霊魂を失う者は、それを救います(マルコ8・34、35)。

「十字架」によって試練が意味されます(マタイ10・38、16・24。マルコ10・21。ルカ14・27でもまた)。
「霊魂」によって人間のプロプリウムの生活が意味されます(マタイ10・39、16・25。ルカ9・24。また特にヨハネ12・25でもまた)。

それはまた何も益のない「肉」の生活です(ヨハネ6・63)。
悪に対する闘いとその勝利について、主は「黙示録」の中のすべての教会に語られています。

エペソにある教会に――勝つ者に、わたしは、神のパラダイスの真ん中にあるいのちの木から食べることを与える(黙示録2・7)。
スミルナにある教会に――勝つ者は、第二の死によって害を被らない(黙示録2・11)。
ペルガモにある教会に――勝つ者に、わたしは隠れたマナから食べることを与える。また、わたしは彼に白い石を与える。石の上には、受ける者でないなら、だれも知らない新しい名前が書かれている(黙示録2・17)。
テアテラにある教会に――勝ち、最後までわたしのわざに仕える者に、わたしは諸国を支配する権威を与える。……また、わたしは明けの明星を与える(黙示録2・26、27)。
サルデスにある教会に――勝つ者は白い衣を着せられる。そして、わたしは彼の名前をいのちの書から消さない。わたしは彼の名前をわたしの父の前とその天使たちの前で言明する(黙示録3・5)。
フィラデルフィヤにある教会に――勝つ者を、わたしはわたしの神の神殿の中の柱とする……わたしは彼の上に神の名前を、神から出て天から降る神の都、新しいエルサレムの名前を、わたしの新しい名前を書く(黙示録3・12)。
ラデオキヤにある教会に――勝つ者に、わたしは、わたしとともに、わたしの座に着くことを与える(黙示録3・21)。