最後の審判と世の終わり 第二部 45
45 [4637] 主がたとえの中で話したすべてと個々のものは、その方の王国の霊的なものと天的なものの、また最高の意味の中でその方のもとの神的なものの表象するものと表意するものであることがはっきりと明らかです。それゆえ、そのことを知らない者は、主のたとえについて何らかのものを、またもっと多く内部に隠れているものを、普通の比喩のようなもの以外に、決して何も把握することができません。例えば、これら十人の娘について、内意で「娘」が何を意味するか知られないなら、なおまた、十・五・明かり・器・油・売る者・結婚式、また他のものが何を意味するか〔何も把握することができません〕。他のすべてのたとえの中にあるものも同様です。主がそれらのたとえの中で話されたものは、外なる形で、〔前に〕言われたように、普通の比喩のように見えます、しかし、内なるものの中に、全天界を満たすようなものがあります、なぜなら、内意が個々のものに内在し、それは、その霊的なものと天的なものが、天界を通ってあらゆる方向へ光と炎のようにひろがるようなものであるからです。その意味は文字どおりの意味からまったく高揚されており、個々の表現から、また個々のことばから、それどころかすべてのイオータ〔一点〕から流れ出ています。
けれども、内意でこのたとえが何を含むかは、続くものから明らかになります。