最後の審判と世の終わり 第二部 058
058 58 [4958] 「飢えること」が情愛から善を望むことであるのは、パンが内意の中で愛と仁愛の善であり、食物が全般的に善であるからです(2165, 2177, 3478, 4211, 4217, 4735番)。「渇くこと」が、情愛から真理を望むことであるのは、ぶどう酒そしてまた水が信仰の真理であるからです(ぶどう酒が〔それである〕ことは、1071,1798番、水が〔それである〕こと
は、2702番)。「異国人として生活している者」は教えられることを欲する者です(1463,44
44番照)。「裸である者」は善と真理の何ものも自分自身の中にないことを認める者です。「病んでいる者」は悪の中にいる者です。「縛られている者」、すなわち、「牢の中にいる者」が虚偽の中にいる者であることは、みことばの中に、そこに名前を挙げられている多くの箇所から明らかです。