カテゴリー

最後の審判と世の終わり 第二部 64

063◀︎目次▶︎065

64 [5067] そこで、主は外なるものでなく、内なるものに関心をもたれ、人間は内なるものを、崇拝だけによってでなく、仁愛とその実践によって証明するので、それゆえ、主は答えられました、「まことに、わたしはあなたがたに言います、あなたがたがこれらの兄弟のひとりに、わたしの最小の者〔のひとり〕にしたかぎり、あなたがたはわたしにしたのです」。
兄弟と呼ばれる者は、仁愛と生活の善の中にいる者です、なぜなら、彼らは善そのものの中にいるので、主は彼らのもとにおられるからです。また隣人によってその者が正しく意味されます。これらの者の中にも主はご自分を現わされません、なぜなら、彼らは相対的に卑しいからです、しかし、人間自身が内的なものからその方を崇拝することを主の前に現わすのです。