霊魂と身体の交流 18
16これらから、霊的な流入の性質が、その起源から結果まで、どんなものか明らかである
18. 霊的な流入はこれまで霊魂から身体の中へ導かれました、けれども、神から霊魂の中へ、またこのように身体の中へ導かれたのではありません。
このことが行なわれたのは、だれも霊界について、そこの太陽について、そこからすべての霊的なものがその泉からのようにわき出ることを、このように自然的なものの中への霊的な流入について何も知らなかったからです。
[2]今や霊界と同時に自然界にいて、両方の世界と両方の太陽を見ることが私に与えられたので、私は自分の良心からそれらを明らかにする責務を負っています。なぜなら、知ることは、もしだれかが知り、それを他の者もまた知るようにならないなら、何の助けとなりますか?富を集め、箱の中に隠し、ときどきそれらを、それらからの役立ちの少しの意図もなしに、単に見て、数えるだけであるなら、知ることは何ですか? 霊的な貪欲でしかありません。
[3]しかし、霊的な流入が何か、またどんなものか十分に知られるために、霊的なものがその本質では何か、自然的なものが何か、さらにまた人間の霊魂が何か、知る必要があります。そこで、この論文がそれらの無知のために欠陥のあるものとならないように、『結婚愛』についての著作に挿入されているいくつかのメモラビリアに諮ることが重要です。霊的なものについては、そこのメモラビリアの中の326から329番、人間の霊魂については315番、自然的なものの中への霊的なものの流入については380番、またそれ以外に415から422番にあります。