霊魂と身体の交流 20
20. かつて、私は「どのように哲学者から神学者になったのですか」と尋ねられ、「漁師たちが主により弟子と使徒たちとされましたが、そのようにです。私もまた青春の最初のときから霊的な漁師でした」と答えました。これを聞くと、〔その相手は〕「霊的な漁師とは何ですか」と尋ねました。私は、「みことばの中で漁師はその霊的な意味で、自然的な〝真理〟を探求し、教え、そしてその後、霊的な〝真理〟を理性的に探求し、教える人間を意味します」と返答しました――
[2]「このことはどのように証明されるのですか」との質問に、私は、「みことばの中の次の箇所からです」と言いました。
その時、海から水が尽き、川は干上がり、かれる。それゆえ、漁師たちは嘆き、海の中に釣針を投げ出す者はすべて悲しむ(イザヤ 19・5、8)。
他のところに――その水が良くされた川に、エン・ゲデイからも漁師たちは立ち、魚網を拡げて近づいた。彼らの魚は種類にしたがい、大海の魚のように、大いに数多かった(エゼキエル 47・9、10)
また他のところに、「見よ。わたしは多くの漁師たちを送る――主は語られた――イスラエルの子らを漁る者を送る」(エレミヤ 16・16)
ここから、なぜ主が漁師たちを弟子たちに選び出され、「わたしの後ろに来なさい、わたしはあなたがたを人間の漁師にします」(マタイ 4・18、19。マルコ1・16、17)、またペテロに、多くの魚をとった後、「今から、あなたは人間をとります」(ルカ 5・9、10)と語られたか明らかです。
[3]その後、私は『啓示された黙示録』から漁師の意味の起源を示しました。すなわち、水は自然的な真理を意味するからです、50、932番。同様に、川もそれを意味します、409、 932番。魚は自然的な真理の中にいる者を意味します、405番。ここから、漁師は〝真理〟を探求し、教える者を意味します。
[4]これを聞いて、質問する者が声を上げて言いました、「今や、なぜ主が弟子を漁師と呼び、選び出されたか理解できます、それゆえ、あなたもまた選ばれたことに驚きません。あなたが語られたように、青春の最初から霊的な意味であなたは漁師、すなわち、自然的な真理の探究者であったからです。今や、霊的な〝真理〟の探究者です、霊的な真理は自然的な真理の上に基礎づけられるからです」。
彼は理性的な男でしたから、これらに加えました、「主おひとりが、ご自分の新しい教会のものであるそれらを知覚し、教えるのにだれが適しているか知られています。高位聖職者たちの間のだれか、あるいは彼らに仕える者の間のだれかでしょう」。
それに加えて、「キリスト教の神学者のだれが、神学者として任命される前にギムナジウムで哲学を学ばないでしょうか、そうでなければ、そこに知性がありますか?」
[5]最後に彼は、「あなたは神学者になられたので、あなたの神学がどんなものか公開してください」と言いました。私は、「それには二つの原理があります、神はひとりであられること、それと仁愛と信仰の結合があることです」と答えました。これに彼は、「だれがこれらを否定しますか」と応答し、私は、「内的に調べられるとき、今日の神学です」と答えました。
(スヴェーデンボリ『霊魂と身体の交流』2013年/スヴェーデンボリ出版)