カテゴリー

生活の教え 13

012◀︎目次▶︎014

13 霊的な善がある人間は、道徳的な人であり、そしてまた市民的な人です。しかし、霊的な善がない人間は、道徳的で市民的な人のように見えますが、それでもそうではありません。
霊的な善がある人間が道徳的で市民的な人であるのは、霊的な善が、それ自体の中に善の本質をもち、道徳的で市民的な善は、この霊的な善からのものであるからです。
善の本質は、善そのものであられる方以外の他の源泉から存在することはできません。
思考をあらゆる方向へ広め、心を傾注し、そして善はどこから善であるのか捜し求めなさい。すると、あなたは、そのエッセ(存在)からであること、そして、本質的に善のエッセ(存在)を持つものが善であること、その結果として、善そのもの、そのように神からであるものが善であること、したがって、神からでなくて人間からの善は、善ではないことを知るでしょう。