カテゴリー

生活の教え 55

054◀︎目次▶︎056

55 最も聖なるものであったことは、次のことから明らかにすることができます。
エホバご自身が、すなわち、主が、火の中に天使とともにシナイ山の上に降られ、そこからそれらを生きた声で布告された。人々は見るために、聞くために三日間の準備をした。その山は、だれかが近づいて、死なないように、垣根で囲まれた。祭司も長老も近づかないで、モーセだけが近づいた。その律法は二つの石板に神の指で書かれた。モーセがその板を三度目に山から運び降ろしたとき、その顔が輝いた。その後、箱の中にしまわれ、これは幕屋の中にしまわれ、その上に金からできたあがないのふたが置かれ、その上にケルビムが置かれた。これは彼らの教会の最も聖なるものとなり、至聖所と呼ばれた。内側に至聖所のある垂れ幕の外には、天界と教会の聖なるものを表象したものが置かれた。それらは金からできた七つのランプをもつ燭台、金からできた香の祭壇、供えのパンが上に置かれる金を被せた机、それと紫色と緋色の布からできた周囲に幕であった。
この幕屋全体の神聖さは、箱の中にあった律法以外の他のところからのものではありませんでした。
[2]箱の中の律法から幕屋は神聖であったので、イスラエルの民全体は、命令により、その周囲に、順に種族にしたがって野営し、順にその後ろを進みました。その時、その幕屋の上に昼は雲が、夜は火がありました。
その律法の神聖さのために、その中に主が臨在されるために、主はケルビムの間のあがないのふたの上でモーセと語られました。箱は「エホバはそこに」と呼ばれました――なおまた、アロンは、いけにえとともに香を焚かなければ、垂れ幕の内側に入ることが許されませんでした。
その律法は教会の神聖なものそのものであったので、それゆえ、箱はダビデによりシオンに導き入れられ、その後、エルサレムの神殿の真ん中に置かれ、その最も神聖な場所とされました。
[3]その律法の中に、またその周囲に、主が臨在されたので、奇跡もまた、その中に律法があった箱によって行なわれたのです――例えば、ヨルダン川の水が割れ、箱がその真ん中にとどまるかぎり、人々は乾いた地面を渡った。その箱を運びまわることによって、エリコの城壁は崩壊した。ペリシテ人の神ダゴンはその箱の前で倒れ、その後、頭から引き離されて神殿の入り口に横たわった。そのために、ベテ・シェメシュの住民が何千人も打たれた、等々。
これらすべては、十戒である主の十のみことばの中に、その方が臨在されることだけからの奇跡です。