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生活の教え 79

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79 霊的な意味での「姦淫を犯すこと」によって、みことばの善を不純化することとその真理を虚偽化することが意味されることは、これらから明らかです――

バビロンは……自分の淫行のぶどう酒から、すべての国民に飲ませた(黙示録14・8)。
天使は言った、「私はあなたに多くの水の上に座っている大淫婦のさばきを見せよう、地の王たちは彼女と淫行を行なった」(黙示録17・1、2)。
バビロンは「自分の淫行の怒りのぶどう酒から、すべての国民に飲ませ、地の王たちは彼女と淫行を行なった」(黙示録18・3)。
神は「自分の淫行で地を汚した大淫婦をさばかれた」(黙示録19・2)。

「淫行」がバビロンについて言われるのは、「バビロン」によって、主の神的力を自分自身のものとし、みことばを不純化し、それを虚偽化して、冒涜する者が意味されるからです。それゆえまた、バビロンは、「淫行と地の忌まわしいものの母」(黙示録17・5)と呼ばれています。

[2] 同じことが「預言書」の「淫行」によって意味されます――例えば「エレミヤ書」に、

わたしは、エルサレムの預言者たちの中に、姦淫を犯し、偽りの中を歩み行く、恐るべき頑固さを見た(23・14)。

「エゼキエル書」に、

ひとりの母の娘であるふたりの女がエジプトで淫行を行なった。その若い時に淫行を行なった。……ひとり〔オホラ〕はわたしのもとで淫行を行なった。恋人を……近くのアッシリヤ人を愛した。……自分の淫行を彼らの上に与えた。それでもエジプトで自分の淫行をやめなかった。もうひとり〔オホリバ〕は彼女よりも自分の愛をさらに汚し、その淫行は姉の淫行よりもひどかった……。自分の淫行を増し加え、カルデヤ人を愛した。バベルの息子たちは彼女のもとへ、愛の床へ来て、彼女を自分たちの淫行によって汚した(23・2―17)。

これらは、そこの「ひとりの母の娘たち」であるイスラエルとユダの教会についてです。「彼女らの淫行」によって、みことばを不純化することと虚偽化することが意味されます。また、みことばの中の「エジプト」によって知識が、「アッシリヤ」によって誤った推論が、「カルデヤ」によって真理の冒涜が、「バビロン」によって善の冒涜が意味されるので、それゆえ、「彼らと淫行を行なった」と言われています。
[3] 同じことが、教えに関する教会を意味するエルサレムについて言われています。「エゼキエル書」に、

エルサレムよ、あなたはあなたの美しさに信頼し、あなたの名声により、通り過ぎるすべての者の上にあなたの淫行を注ぎ出すほどにも淫行を行なった。……あなたは肉の大いなる隣のエジプトの息子と淫行を行ない、あなたの淫行を増した。……あなたはアッシリヤの息子と淫行を行なった。あなたは、彼らとの淫行のとき、あなたに満ち飽きることがないとき……あなたの淫行を商業の地カルデヤでも増した。……自分の夫の代わりに他の者を受け入れる姦淫の女よ。すべての者は自分の娼婦たちに報酬を与える。しかし、あなたはすべての恋人たちに……彼らがあなたのもとへ、あなたの周囲に、あなたの淫行の中へ来るようにと報酬を与えた。……それゆえ、娼婦よ、エホバのことばを聞け(16・15、26、28、29、32、33、35以降)。

「エルサレム」によって教会が意味されることは、『主についての教え』(62、63番)に見られます。

(同じことが「淫行」によって意味されています、「イザヤ書」23・17、18、57・3。「エレミヤ書」3・2、6、8、9、5・1、7、13・27、29・23。「ミカ書」1・7。「ナホム書」3・4。「ホセア書」4・10、11。なおまた「レビ記」20・5。「民数記」14・33、15・39。また他の箇所)

それゆえ、ユダヤの人々もまた主により、「姦淫の世代」(マタイ12・39、16・4。マルコ8・38)と呼ばれたのです。