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続 霊界について 45

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45 霊界の中のイギリスからの者から、彼らに一つは信仰の教えから、またもう一つは生活の教えから二重の神学のようなものがあることが知覚されました。祭司職に導かれる者に信仰の教えからのものがあり、祭司職に導かれないで、平信徒と呼ばれる大衆に生活の教えからのものがあります。
この教えは、教会で聖餐の礼典に臨む者の前で、安息日ごとに朗唱される祈りの中に示されています。その中に、もし悪を罪として避けないなら、自分自身を永遠の断罪の中へ投げ込むこと、また悪を罪として避けないで、聖餐式に近づくなら、悪魔がユダの中へのように彼らの中に入ることがはっきりと言われています。
この生活の教えが彼らの信仰の教えと一致しないことについて、時々、私は聖職者たちと話しました。その者は何も答えませんでしたが、しかし、あえて口に出そうとしないことを考えていました。
その祈りは『新しいエルサレムのための生活の教え』(5–7番)にあります。


注釈
聖餐に臨む会衆の前で読まれる「祈り」は、次のものです  

聖餐をあずかるのにふさわしい者となるための方法であり、手段であるものは——
最初のものは、神の戒めを基準として、自分の生活の行為と交際を調べることである。意志または話すことあるいは行動のどんなものの中であれ、違反していることに気づくなら、その時、自分の性質の欠点を悔やんで、生活を改善しようとする十分な意図とともに、それを全能の神の前に告白をしなければならない。
また、神に反しているだけでなく、隣人にもまた反しているような罪に気づいたなら、その時、彼と和解し、自分の力のかぎり、すぐにも他の者に行なった損害と悪のためのつぐないと謝罪をしなくてはならない。同様に、自分の罪が神から赦されることを望むように、すぐにも他の者に罪を赦すようにしなければならない——さもないと、聖餐を受けることは断罪を重くすることにしかならない。
それゆえ、もしあなたがたのだれかが、神を冒涜する、その方のみことばをそしる、侮辱する、または姦淫する、あるいは悪意またはねたみまたは何らかの他の憎むべき罪悪の中にいるなら、罪からの悔い改めを行なえ。そうしないなら、聖餐に近づいてはならない。さもないと、聖餐を受けた後、悪魔がユダに入ったように、あなたの中に入ってきて、あなたをすべての不法で満たし、身体と霊魂を滅ぼすであろう。