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新しいエルサレムとその天界の教え 118

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118 説得的な信仰の中にいる者は、彼らの教えていることが真理かまたは虚偽であるか、何らかの内なる照らしからか知りません。それどころか、彼らはそれが大衆から信じられるなら、〔そうしたことは〕気にしません。というのは、彼らに真理のための真理への情愛はないからです。それゆえ、彼らはもし名誉と利益を奪われるなら、単に世評が損なわれないなら、信仰から遠ざかってしまいます。なぜなら、説得的な信仰は人間のもとの内部にはなく、外に、記憶の中だけにあって、教えられるとき、そこから取り出されるからです。それゆえまた、その信仰はその真理とともに、死後、消えてしまいます。なぜなら、その時、人間の内部にある信仰だけが、すなわち、善の中に根づき、このように生活(いのち)のものとなった信仰だけが存続するからです。