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新しいエルサレムとその天界の教え 180

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180 内なる人が支配し、外なる人が仕えること、またその反対が何であるかは、このことによって説明されます――もし人間がそのすべての善を快楽に、利益に、高慢に置き、憎しみと復讐に喜びを抱き、自分の内部にそれを確信する論拠を捜し求めるなら、その時、外なる人が支配し、内なる人が仕えます。けれども、人間が、善く、誠実に、正しく考え、また意志する〔欲する〕ことに、また外的にも同様に、話し、行なうことに善と喜びを感じるとき、その時、内なる人が支配し、外なる人が仕えます。