新しいエルサレムとその天界の教え 198
198 試練はどのように、またいつ〔起るか〕
霊的な闘争は、特に信仰の真理によって起る(8962番)。
真理は闘争の最初のものである(1685番)。
霊的な教会の人間は信仰の真理に関して試練を受け、それゆえ、彼らのもとに真理による闘争がある。しかし、天的な教会の人間は愛の善に関して試練を受け、それゆえ、彼らのもとに善による闘争がある(1668, 8963番)。
霊的な教会に属する者の大部分は、純粋な真理から闘争しないで、彼らが自分の教会の教えから真理であると信じているものから闘争する。それでもその教えは善と結合することのできるようなものでなくてはならない(6765番)。
再生する者は試練を受けなくてはならない、また試練なしに再生することはできない(5036、8403番)。
それゆえ、試練は必要である(7090番)。
再生する人間は, 悪が善を支配し、自然的な人が霊的な人を支配しようと試みる(努力する)時、試練にやって来る(6657, 8961番)。
また、善が主要な役割を演じなければならないとき、それにやって来る(4248, 4249, 4256, 8962, 8963番)。
再生する者は最初、静けさの状態へ、次いで、試練へ、その後、平安の静けさの状態へ戻る、それが終わりである(3696番)。