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新しいエルサレムとその天界の教え 218

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218 パンについて
「パン」は、それが主について〔述べられている〕ところで、主の神的な愛からの神的な善とそれを食べる人間の相互のものを意味する(2165, 2177, 3478, 3735, 3813, 4211, 4217, 4735, 4976, 9323, 9545番)。
「パン」は、全般的にすべての食物を含み、意味する(2165, 6118番)。
「食物」は、人間の霊的な生活〔いのち〕を養うすべてのものを意味する(4976, 5147, 5915, 6277, 8418番)。
このように「パン」は、天的なまた霊的なすべての食物を意味する(276, 680, 2165, 2177, 3478, 6118, 8410番)。
このように主のことばにしたがって、「神の口から出ているすべてのもの」である(「マタイ」4・4)、(681番)。
「パン」は、全般的に愛の善を意味する(2165, 2177, 10686番)。
同様のものをパンを作る「小麦」が〔意味する〕(3941, 7605番)。
みことばの中で「パンと水」が述べられているところで、愛の善と信仰の真理が意味される(9323番)。
パンを裂くことは、古代教会では愛の相互のものの表象であった(5405番)。
霊的な食物は、知識、知性、知恵である。したがって善と真理〔である〕、後者は前者から〔であるから〕(3114, 4459, 4792, 5147, 5293, 5340, 5342, 5410, 5426, 5576, 5582, 5588, 5655, 8562, 9003番)。
またそれらは心を養うからである(4459, 5293, 5576, 6277, 8418番)。
食物による支えは、霊的な栄養であり、そして主からの善と真理の流入である(4976, 5915, 6277番)。

幕屋の机の上の「パン」は、主の神的な愛からの神的な善を意味した(3478, 9545番)。
菓子とせんべいであったいけにえの「穀物のささげ物」は、愛の善からの礼拝を意味した(4581, 10079, 10137番)。
いろいろな「穀物のささげ物」は、特に何を意味したか(7978, 9992-9994, 10079番)。

(古代人はパンと言うとき、全般的にすべての食物を意味したことは、「創世記」43:16, 31, 「出エジプト記」18:12, 「士師記」13:15, 16, 「サムエル記Ⅰ」14:28, 29, 20:24, 27, 「サムエル記Ⅱ」9:7, 10, 「列王記Ⅰ」4:22, 23, 「列王記Ⅱ」25:29参照。)