新しいエルサレムとその天界の教え284
284 父は主の中におられ、そして父と主とは一つであるので、その方を信じなくてはなりません、またその方を信じる者は永遠のいのちをもつので、主は神であられることが明らかです。
主が神であられることは、みことばに教えられています――例えば「ヨハネ福音書」には、
「はじめにみことばがあった。みことばは神とともにあった。神はみことばであった。……すべてのものはその方によって造られ、その方なしには造られたものは1つとして造られなかった。……みことばは肉となって、私たちの間に住まわれた。私たちはその方の栄光を、父のひとり子としての栄光を見た」(1・1, 3, 14)。
「イザヤ書」に、
「男の子が私たちに生まれ、息子が私たちに与えられ、その肩の上に主権があり、その名は……神、英雄、永遠の父、平和の君と呼ばれる」(9・6)。
同書に、
「処女がみごもって子を産むであろう。……その方の名は私たちとともにおられる神と呼ばれる」(7・14, マタイ1・23)。
また「エレミア記」には、
「見よ、わたしがダビデに正しい枝を生えさせる日が来る。その方は王として統治し、栄える。……エホバ、私たちの義、これがその方の名であり、彼らはそのようにその方を呼ぶ」(23・5, 6, 33・15, 16)。