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続 霊界について 64

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64 ローマカトリック教徒の国民からの多くの者は、特に、修道士は、霊界にやって来る時、聖徒を、それぞれの自分の教団の聖者を捜し求めます。しかし、見つけません、それゆえ、怪しみます――しかし、後で他の者から、そのそれぞれの者が世での自分の生活にしたがって、天界にいるかあるいは地獄にいる者の間に混ぜられていること、またどちらの場所でも、自分の礼拝や祈願について何も知らないことを教えられます。また、知って、祈願されることを欲する者は、分離された狂気の地獄の中にいます。
聖者への礼拝は、ある人間に礼拝がささげられればささげられるほど、それだけ主への礼拝は取り去られるので、それを聞く間は、身震いするほどに、天界の中で忌まわしいものです。というのは、このように主おひとりを礼拝することができないからです。もし主おひとりが礼拝されないなら、区別が生じ、その区別が交わりを、その幸福な生活からの流れを取り去ります。