最後の審判 55
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しかし、「黙示録」の中で扱われているバビロニアは、主の来臨の後に始められた今日のバビロニアです。それは、ローマカトリック教徒のもとに存在することが、よく知られています。
これは主の来臨の前にあったものよりも、主が、その方ご自身とともに、世で啓示した教会の内なる善と真理を冒涜したので、さらに有害で邪悪です。どれほど有害で内的に邪悪であるかは、要約した形で、続くものから明らかにすることができます。
[2]彼らは、何も救う力がない主を認め、崇拝します。彼らはその方の神性をその方の人間性からまったく分離し、そしてその方の人間性によって生じたその方の神的な力を、自分自身の中に移しました 。というのは、彼らは、罪を赦し、地獄の中に投げ入れ、欲する者をだれでも赦し、救いを売り、このように、神的な力だけに属するようなものを自分自身に主張するからです――それらを実行するので、だれもが自分の場所で、彼らの最高位の者から、後継者への移動によって、その者をキリストの代理人と’呼んで、自分自身を神にします。このように自分自身を主と見なし、そしてその方を崇拝します、その方のためでなく、自分自身のためにです。
[3]みことばを不純化し、虚偽化するだけでなく、真理の何らかの光の中に入らないように、みことばを人々から取り除きます。このことに満足するだけでなく、さらにまた、みことばからの神的なものの上にローマ〔教皇の所在地〕からの法令の中に神的なものを認めてそれを無へと減じます。そのようにすべての者から天界への道を閉ざしました、というのは、天界への道は、主の承認、その方への信仰と愛、そして道を教えるみことばであるから。そこから、主なしに、みことばの手段なしに救いは何もありません。
神的な真理からのものである天界の光を消し、そしてそれに代わって無知があるようにするために、すべての熱意で努力し、無知が濃ければ濃いほどますます喜びます――彼らは天界の光を、みことばを読むこと、みことばからの教えがある本を読むことを禁止することによって消しています。礼拝を、単純な者から理解されない言語の中に、それらの中に神的な真理のないミサによって制定しています。またさらに、自分の世界を、暗やみそのものである虚偽で満たします。それらが光を遠ざけ、消散させます。さらにまた、大衆に、自分たちの信仰の中に、このように自分の中ではなく他の者の中に、いのちを持つように説きつけます。
[4]特に、すべての礼拝を内なるもののない外なる聖なるものの中に置き、内なるものを空虚なものにします、その礼拝に善と真理の知識がないからです。それでもなお、神的な礼拝は、内なるものであればあるほど、それだけ外なるものです、というのは、後者から前者が発出するから。
加えて、それらの礼拝は多くの種類の偶像崇拝もまた導き入れています。聖徒をつくり、増やし、彼らへの崇拝を、そしてまた、彼らへの祈りを、ほとんど神への祈りのように見て、許容します。彼らの偶像をあらゆる方向へ展示し、彼らからのおびただしい量の奇跡を見せびらかし、偶像を都・神殿・修道院に置き、墓から取り出された彼らの骨を、それらはこれほどに最も捨てるべきものですが、聖なるものにします。このようにすべての者の心を神への礼拝から人間への礼拝に向けます。
[5]さらに、ある者がその暗やみから光の中に、偶像崇拝の礼拝から神的なものの礼拝にやって来ないように、多くの策略で警戒しています。というのは、修道院を増やし、それらからどこでも偵察者と見張りを置くからです。心の告白を、それらもまた思考と意図のものですが、無理強いします、もし告白を行なわないなら、心を地獄の火で、煉獄の中の拷問で怖がらせます。また、教皇の座に反して、彼らの支配権に反して、あえて話す者を、「(異端審査の)宗教裁判所」と呼ばれる身震いするような牢獄に閉じ込めます。
[6]これらすべてのことを、世を得、その宝物を所有し、そして放縦な生活を楽しみ、彼らが最大の者であり、そして他の者が仕える者であるという目的のためにだけ行ないます。
しかし、このような支配は地獄を制する天界のものではなく、天界を制する地獄のものです。なぜなら、支配する愛が人間のもとで、特に教会の人間のもとで、まさればまさるほど、それだけ地獄が支配するからです。(その愛が地獄の中で支配し、そして地獄をつくることは、著作『天界と地獄』(551–565番)参照)。
これらから、そこに教会がなく、バビロニアがあることを明らかにすることができます。なぜなら、主ご自身が礼拝され、みことばが読まれるところに教会があるからです。
* 教会が主に二つの性〔神性と人間性」を帰し、またこのようにその方の神性をその方の人間性から分離し、そのことが教皇のために会議の中で行なわれたのは、〔教皇が]その方の代理人として認められるためであった。このことが天界から『天界の秘義』の中で示された(4738番)。
★ ミサはラテン語で行なわれます。