カテゴリー

最後の審判 60

59◀︎目次▶︎61

60(5)どのように滅ぼされ、彼らの住居が荒野とされたか
私はここでは簡単に述べ、多くのものについて『黙示録についての解説』の中で述べます。そこに扱われているバビロニアが滅ぼされたことについて、見た者以外にだれも知ることができません。最後の審判がすべての者に、特にバビロニアからであった者にどのように行なわれ、なし遂げられたか私に見ることが与えられ、それゆえ、私は記述します。このことが私に与えられたのは、特に、それらは「黙示録」の中に予言されているすべてのことが、神から吹き込まれたものであり、みことばの預言の書物であることが世に啓示されなければならないという理由のためでした。なぜなら、そのことが、また同時にそこの個々のものの中に、旧約の預言者の個々のものの中にあるような内意が世に啓示されないなら、その書物は理解されないために捨てられてしまったでしょう。自分自身でそれを信じようとしないことを心に抱き、そこに言われていることは信仰に値しない、それどころか、何らかの最後の審判はやって来ないこと、その信仰を、バビロニアからの者は他の者よりも確信したでしょう――このことが起こらないように、主は、私を目撃の証人とすることを喜ばれました。
しかし、バビロニアからの者の最後の審判について、すなわち、バビロニアの滅亡について見られたすべてのことは、ここに提示することができません、本ができてしまうであろうほど、それほど多いからです。そのために、私はここにいくつかの全般的なものを伝え、細目は『黙示録についての解説』にとっておきます。
バビロニアの国民は霊の世界の中の多くの地域の上に定住し、拡大し、自分たちに社会を(前の58番に示されているように)そこのすべての方位の中に形成したので、私は、どんな方位の中でもどのように滅ぼされたか個別に述べます。