新しいエルサレムとその天界の教え 42
42 内なる人と外なる人について全般的な観念だけしかもたない者は、考え、欲することが内なるものであり、話し、行なうことはそこからの外なるものであるので、考え、欲する者が内なる人であり、話し、行なう者が外なる人であると信じます。しかし、人間は知的に考え、賢く意志するとき、その時、霊的な内なるものから考え、意志することを知らなくてはなりません、しかし、人間が知的に考えず、賢く意志しないとき、自然的な内なるものから考え、意志します――したがって、人間は、主について、また主に属するものについて、また隣人について、隣人に属するものについて善く考え、その者たちに善いことを意志するとき、その時、真理の信仰からと善の愛から、したがって天界から考えるので、霊的な内なるものから考え、意志します。しかし、人間はそれらのものについて悪く考え、また悪く意志するとき、その時、虚偽の信仰からと悪の愛から、したがって地獄からなので、自然的な内なるものから考え、意志します。一言でいえば、人間は主への愛と隣人に対する愛の中にいればいるほど、それだけ霊的な内なるものの中にいて、そこから考え、意志し、またそこから語り、行動します。しかし、人間は自己愛の中に、また世俗愛の中にいればいるほど、それだけ自然的な内なるものの中にいて、そこから考え、意志し、またそこから語り、行動します。