新しいエルサレムとその天界の教え 89
89 隣人であるようにするものが愛であること、まただれもがその愛の性質にしたがって隣人であることは、自己愛の中にいる者からはっきりと明らかです。彼らは、自分たちを最も愛する者を、すなわち、その者が自分自身のものであるかぎり、隣人として認めます。その者を抱擁し、その者にキスし、親切にし、その者を兄弟と呼びます。それどころかその者が悪であるので、その者は他の者以上に隣人であると言います。他の者は、その者が彼らを愛するかぎり、このようにその者の愛の性質と量とにしたがって、隣人と見なします――このような者は自己から隣人の起源を引き出しますが、その理由は愛が〔隣人を〕つくり、定めるからです。けれども、主の王国に属するすべての者のように、自分自身を他の者よりも愛さない者は、すべてにまさって愛さなくてはならない方から、そのように主から隣人の起原を引き出します。またその方への、またその方からの愛の性質にしたがって、だれでも隣人と見なします。これらから、隣人の起源は教会の人間から引き出されなくてはならないことが、そこから明らかです。また、だれもが主からの善にしたがって〔隣人であり〕、そのように善そのものが隣人です。