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新しいエルサレムとその天界の教え 98

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98 しかし、それぞれの者がどのようにその者自身の隣人でなくてはならないかは、次の例から知ることができます――それぞれの者が自分自身の身体に食物と着物を備えなくてはなりません。これは最初のものです、しかし、それは「健全な身体の中に健全な心があるように」という目的のためです。またそれぞれの者が自分自身の心の糧を、すなわち、知性と知恵に属するようなものを備えなくてはなりません、それはその心がそこから同胞、人間の社会、祖国や教会に、そのように主に仕える状態にあるようにという目的のためです。これを行なう者は永遠に向けて自分自身をよく備えます――ここから最初のものに、そのための目的があることが明らかです、なぜなら、すべてのものがその目的に目を向けるからです。このことはまた家を建てる者の場合に似ています。最初に土台を据えますが、しかし、土台は家のためであり、家は住むためのものです――自分自身が最初の場所を占めるべき隣人であると信じる者は、家やそこに住むことでなく、目的として土台に目を向ける者に似ています。しかし、住むことが最初の、また最終の目的そのものであって、土台とともに家はその目的への単なる手段です。