新しいエルサレムとその天界の教え 166
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166 罪は、赦されるとき、ぬぐいとられると信じられています、すなわち、汚物が水で洗い落されるかのように〔信じられています〕。しかし、罪はぬぐいとられないで、むしろ遠ざけられます。すなわち、人間は主により善の中に保たれるとき、それらを妨げられるのであり、善の中に保たれるとき、罪がないかのように、このようにぬぐいとられたかのように見えます。また人間は改心すればするほど、それだけ善の中に保たれることができます。どのようにして人間が改心するかは、次の再生についての教えで述べます。〔これと〕異なって罪が赦されると信じる者は、大いに欺かれています。