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新しいエルサレムとその天界の教え 209

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『天界の秘義』から

209 洗礼は、みことばからの信仰の真理を通して主により再生することを意味する(4255, 5120, 9088, 10239, 10386-10388, 10392番)。
洗礼は、人間が教会に属しているしるしであり、そこには主が認められ、その方から再生がある、またそこにはみことばが存在し、そこから信仰の真理によって〔再生がある〕 (10386-10388番)。
洗礼は信仰も救いも与えない、しかし〔信仰と救いが〕再生した者により受け入れられることを証しする(10391番)。

古代教会とイスラエル教会では、洗うことは悪と虚偽から清められることを表象し、ここから〔そのことを〕意味した(3147, 9088, 10237, 10239番)。
「衣服を洗うこと」は、虚偽から理解力を清めることを意味した(5954番)。
「足を洗うこと」は、人間の自然的なものを清めることを意味した(3147, 10241番)。
主による「弟子たちの足を洗うこと」によって何が意味されるか説明されている(10243番)。

「水」は信仰の真理を意味する(28, 2702, 3058, 5668, 8568, 10238番)。
「泉」と「生きた水の井戸」は主から発する信仰の真理を、したがってみことばを意味する(3424番)。
「パン」と「水」は、愛の善と信仰の真理のすべてを意味する(4976, 9323番)。
「霊」は真理のいのちを、すなわち、信仰のいのちを意味する(5222, 9281, 9818番)。
「霊」と「肉」は、何を〔意味するか〕、「霊」は主からのいのちを、「肉」は人間からのいのちを意味する(10283番)。
ここから主の次のことばによって何が意味されるか明らかである――

「水と霊から生まれる者でなくては、神の国に入ることはできません」(ヨハネ3:5)。

すなわち、人間は信仰の真理とそれらにしたがった生活によって再生しないなら、救われることはできない(10240番)。
すべての再生は信仰の真理とそれにしたがった生活によって行なわれる(1904, 2046, 9088, 9959, 10028番)。

ヨルダンの水に浸ることによって全身を洗われることは、洗礼と同様に再生そのものを意味した(9088, 10239番)。
「ヨルダンの水」によって何が、また「ヨルダン」によって何が意味されたか(1585, 4255番)。

「洪水」と「水の反乱」は、試練を意味する(660, 705, 739, 756, 790, 5725, 6853番)。
同様に「洗礼」〔は試練を意味する〕(5120, 10389番)。
どのように洗礼は天界から表象されたか(2299番)。