生活の教え 7
7 これは霊界で行なわれたことですが、信仰のみを言明し、説教したイギリスのある聖職者たちに、「教会でそれらの祈りが朗読される時、その中に信仰の言葉は出てこないが、そのようであると信じたのかどうか」と質問することが与えられました。例えば、もし悪を行ない、悔い改めを行わないなら、悪魔がユダの中に入ったように、彼の中に入り、彼の身体と霊魂を滅ぼすことです。
彼らは、「祈りが朗読されたとき、それらは宗教そのものであるとしか知らず、他に考えることもない状態の中にいた。しかし自分の説教あるいは教えを作り、それを仕上げているとき、信仰が救いの唯一の手段であり、生活の善は公共の善のための付加的な道徳であると考えたので、同じようには考えなかった」と言いました。
しかしそれでも、彼らにもまた、善く生きた者は救われ、悪く生きた者は断罪されるという共通の知覚があり、そして彼らにこの知覚があるのは、彼らが自分自身のプロプリウムの中にいない時であることが確信されました。