生活の教え 44
44 人間は多くのことを知り、考え、理解することができても、賢明であることができないことは、前に示しました(27、28番)。そしてそのようであると知り、考え、さらに理解することは、信仰のものなので、人間は〔そのことで〕信仰を持っていると信じることができますが、それでも〔信仰を〕持っていません。
持っていない理由は、生活の悪の中にいるからです。そして生活の悪と信仰の真理は決して一つとして働くことができません。
生活の悪は信仰の真理を破壊します。生活の悪は意志のものであり、信仰の真理は理解力のものであり、意志は理解力を導き、それ自体と一つになって働くようにするからです。それゆえ、理解力の中に意志と一致しない何かがあるなら、人間が自分自身のままに残され、自分自身の悪とその愛から考える時、理解力の中にある真理は、追い出されるか、あるいは虚偽化されることによって一つのものとして考えられてしまいます。
生活の善の中にいる者のもとでは異なります。この者は自分自身のままに残されるとき、理解力の中にある真理を、善から考え、一致するので、愛します。
したがって、真理と善の結合のように、信仰と生活の結合が生じ、それら二つの結合は理解力と意志の結合のようです。