生活の教え 51
51 これまで言われたことは、みことばの中の次のことから確認されます――
善い人は自分の心の善い宝庫から善いものを取り出します。しかし、悪い人は自分の心の悪い宝庫から悪いものを取り出します。なぜなら、口は心に満ちていることから話すからです(ルカ6・45、マタイ12・35)。
みことばの中の「心」によって、人間の意志が意味されます。人間はここから考え、話すので、「口は心に満ちていることから話す」と言われます。
人を汚すものは口に入るものではありません。しかし、心から出て行くものが人を汚します(マタイ15・11)。
「心」によって、ここでもまた意志が意味されます。
イエスは、ご自分の足を軟膏で洗った女について、「彼女の罪は赦されています、多く愛したからです」と言われ、その後、「あなたの信仰があなたを救いました」と言われました(ルカ7・46―50)。
これらから、罪が許されるとき、したがって存在しないとき、信仰が救うことが明らかです。
自分の意志のプロプリウムの中にいない者、ここから自分の理解力のプロプリウムの中にいない者、すなわち、悪の中にいない者、またここから虚偽の中にいない者は、「神の子ども」や「神により生まれた」と言われること、主を信じる者とは彼らであることを、主は「ヨハネ福音書」第1章12、13節で教えられています。その箇所の説明は前に見られます(17番末尾)。