続 最後の審判について 21
21
その世界の中のすべての社会の配列は、愛の相違にしたがった配列です。その理由は、愛は人間のいのちであり、神的な愛そのものであられる主が、それらの社会をその受け入れにしたがって配列されるからです。そして愛の相違は無数であり、その相違を、主おひとりでないなら、だれも知りません。
〔主は〕社会を、すべての者があたかも人間のいのちに、天界の社会が天的な愛と霊的な愛のいのちに協力して活動するかのように、地獄の社会が悪魔的な愛と地獄的な愛に協力して活動するかのように結合され、天界と地獄を対立によって結合されます。
このような配列があるので、それゆえ、それぞれの人間は、死後、自分の愛が属する社会へと出かけ、他のところへ出かけることができません、というのは、彼の愛が逆らうからです。
ここから、霊的な愛の中にいる者は天界の中にいます、けれども、自然的な愛の中にだけいる者は地獄の中にいます。
霊的な愛はもっぱら仁愛の生活(いのち)によって植え付けられ、もし仁愛の生活(いのち)が捨てられるなら、自然的な愛は自然的な愛にとどまります。また自然的な愛は、もし霊的な愛に服従しないなら、それに対立します。