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聖書について23

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23 古代の国民が偶像崇拝の起源を対応の知識から得たことは、地上に見られるすべてのものは、このように木だけでなく、すべての種類の小家畜や鳥、さらに魚や他のものもまた対応することが理由でした。
対応の知識の中にいた古代人は、天界のものに対応した像を自分たちに造り、それらが天界に、またここから教会に属すようなものを意味したので、それらを喜び、それゆえ、それらを自分たちの神殿の中だけでなく、自分たちの家の中にも置きました、その理由は崇拝するためではなく、それらが意味する天界的な事柄を思い出すためでした。
 ここからエジプトに、また他のところに、子牛・牛・ヘビ、さらに、少年・老人・娘の像がありました。「子牛」と「」は自然的な人の情愛と力、「ヘビ」は感覚的な人の思慮分別、「少年」は無垢と仁愛、「老人」は知恵、「」は真理への情愛を意味したからであり、その他のものも同様です。
 対応の知識が消し去られた時、その子孫は、古代人により神殿の中にまたその近くにあった像と似たものを、聖なるものとして、ついには神として礼拝し始めました。
[2] 他の国民のもとでも、アシュドデのぺリシテ人のもとにあった上部が人間で下部が魚のようであったダゴン〔像〕も同様でした(それについては「サムエル記Ⅰ」5・1―終わり)。その像は、「人間」が知性を、「」が知恵を、それらが一つとなることを意味するので考え出されました。

 ここからまた、古代人は木の種類にしたがって庭園の中や杜の中で礼拝し、なおまた山の上や丘で礼拝しました。というのは、「庭園」と「」は知恵と知性、それぞれの木は、「オリーブの木」は愛の善、「ぶどうの木」はその善からの真理、「」は理性的な善と真理を意味するように、それらの何らかのものを意味し、「」は最も高い天界を、「」はその下の天界を意味したからです。
[3] 対応の知識が主の来臨まで東洋の多くの者のもとに残存したことは、主が生まれたときにやって来た東方からの賢人たちから明らかにすることができます。星が彼らの前を行き、彼らが「金・乳香・没薬」の贈り物を持ってきたのは(マタイ2・1,2,9―11)、前を行った「」は天界からの認識を意味し、「」は天的な善、「乳香」は霊的な善、「没薬」は自然的な善を意味し、それらの三つからすべての礼拝があるからです。
[4] 対応の知識は、イスラエル人とユダヤ人のもとで、まったくなくなりましたが、それでも、彼らのすべての礼拝は、モーセによって彼らに与えられたすべての判決と法令は、またみことばのすべてのものは対応そのものでした。
その理由は、彼らが心では偶像崇拝者であり、彼らの礼拝の何らかのものが天的なものと霊的なものを意味するものであったことを決して知ろうとはしないような者であったからです――というのは、それらすべてのものが、それ自体から、また彼らにとって、聖なるものであるように欲したからです。それゆえ、彼らに天的なものと霊的なものが明らかにされたなら、それらを拒絶するだけでなく、冒涜もしたでしょう。それゆえ、天界は彼らに、永遠のいのちが存在することをほとんど知らないほどにも閉ざされました。
このようであったことは、聖書全体が主について預言し、主を予言していたのに、彼らが主を認めなかったことから、はっきりと明らかです――自分たちに、地の王国についてではなく、天界の王国について伝えたという理由だけで主を拒絶しました。というのは、自分たちを全世界のすべての国民の上に高めるメシアを欲し、自分たちの永遠の救いを思いやる他のメシアを欲しなかったからです。
さらに、彼らは、みことばにはそれ自体の中に神秘的なものと呼ばれる多くの秘義が含まれていることを主張します、しかしその秘義が主についてであることを知ろうとはしません。しかし、それらは金についてである、と言われるとき、知ろうとしました。