新しいエルサレムとその天界の教え 216
216 身体と肉について
主の「肉」は、その方の神的な愛からの神的な善を意味する。それはその方の神的人間性に属するものである(3813, 7850, 9127, 10283番)。
〔主の〕「身体」も同様である(2343, 3735, 6135番)。
全般的に「肉」は、人間の意志を、そのように固有のものを意味するが、本質的に眺めれば悪である。しかし、それが主により生かされるとき、善を意味する(148, 149, 780, 999, 3813, 8409, 10283番)。
ここから、みことばの中で「肉」は人間全体であり、すべての人間である(574, 1050, 10283番)。
ここに、また以下に、意味すると述べられる理由は対応するからである。というのは、何でも対応するものは、意味するから(2896, 2979, 2987, 2989, 3002, 3225番を参照)。
みことばは対応そのもので書かれ、ここから、その内なるまたは霊的な意味がある。対応の知識なしにそれが何であるか、ほとんどそれが存在していることすら知られることはできない(3131, 3472-3485, 8615, 10687番)。
それゆえ、みことばによって天界は教会の人間と結合している(10687番)。
(このことについてさらに多くのものは著作『天界と地獄』303-310番参照。そこに、みことばによる天界と教会の人間の結合について扱われている。)