新しいエルサレムとその天界の教え303
303 世におられたとき、主の人間性は神的な真理であった
世におられたとき、主はその方の中にある神的な善からご自分の人間性を神的な真理とされた(2803, 3194, 3195, 3210, 6716, 6864, 7014, 7499, 8127, 8724, 9199番)。
その時、主は神的な真理にしたがっている天界の形にご自分の中にあるすべてのものを配列された(1928, 3633番)。
したがって、その時、その天界は主の中に、そして主は天界として存在された(911, 1900, 1928, 3624~3631, 3634, 3884, 4041, 4279, 4523~4525, 6013, 6057, 6690, 9279, 9632, 9931, 10303番)。
主は神的な真理そのものから語られた(8127番)。
それゆえ、主はみことばの中で対応によって語られた(3131, 3472~3485, 8615, 10687番)。
そこから、主はみことばであられ、みことばと言われ、それは神的な真理である(2533, 2813, 2859, 2894, 3393, 3712番)。
みことばでは「人の子」は神的な真理を、そして「父」は神的な善を意味する(2803, 3704, 7499, 8724, 9194番)。
主は神的な真理であられたので、神的な知恵であられた(2500, 2572番)。
主おひとりにその方ご自身からの、またすべての天使の知覚と思考にまさった知覚と思考があられた(1904, 1914, 1919番)。
神的な真理は誘惑されることができた、しかしながら、神的な善は〔誘惑されることは〕ない(2814番)。