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信仰について 17

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17 ここに述べたことから、仁愛は、善または役立ちの情愛であるかぎり、手段として、その手段によって存在するようになる信仰を生み出すこと、その結果として、仁愛と信仰は、役立ちを果たす中で、結合して働くことが明らかです。
さらにまた、善または役立ちは信仰をそれ自体からでは生み出されず、信仰は仁愛の手段であるので、仁愛から生み出されます。
そこで、木が実を生み出すように、信仰が善を生み出すとすることは誤りです。信仰がその木ではなく、人間が〔役立ちの実を生み出す〕木なのです。