神の摂理 205
205 (6)自然と人間の思慮分別だけを認めた者は地獄をつくり、神とその方の神的な摂理を認めた者は天界をつくる
悪い生活を送るすべての者は、内的に自然と人間の思慮分別だけを認めます。これらの承認が、どれほど善と真理にまわりをおおわれていても、すべての悪の中の内部に隠れています。これらは中にある裸の悪が見られないようまわりに置かれた、借りて求めただけの衣服、または小さい花からつくった滅んでしまう花環のようなものです。
まわりをおおうそれらの全般的なものからでは、内的に自然と人間の思慮分別だけを認めて、悪い生活を送るすべての者は知られません、というのはそれらによってこのことは視覚から隠されるから――しかし、それでも認めていることは、それらの承認の起源と原因から明らかにすることができます。それらが明らかにされるために、プロプリウムの思慮分別がどこからで、何か、その後、神的な摂理がどこからで、何か、続いて、後者と前者がだれで、どんなものであるか、また最後に、神的な摂理を認める者が天界の中にいること、プロプリウムの思慮分別を認める者が地獄の中にいることを述べます。