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神の愛と知恵 355

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355 だれでも、自然の中に見ることのできるものから神性を確信することができます。ミツバチについてよく知られていることに心を向ければ、ミツバチは草本や花から蝋を集め、蜂蜜を吸い、そして巣室を小さい家のように建て、それらを出入りする街路とともに町の形に配列すること、遠方から花と草本をかぎ出し、それらから家のために蝋を、食物として蜂蜜を集め、それらをいっぱい詰め込んで、自分の巣へ方位にしたがって飛んで帰ることを知っています。このように、これからやって来る冬のために、それを先見し、知っているかのように、自分自身に食物と住居を備えます。さらにまた自分たちの上に女王のような女主人を置き、彼女から子孫を繁殖させます。彼女のために、まわりの護衛とともに、いわば宮殿を自分たちの上に建て、彼女は出産の時が迫ると、巣室から巣室へ、護衛により従者たちの中を行き、卵を産み、それを続く集団が空気から害されないように封じます。ここから彼らに新しい子孫があります。その後、これらの子孫が同じことができるような年齢に進んだとき、家から追い出されます。そして、追い出された群れは、最初に集まり、仲間が散らされることのないように集団となり、自分たちに居場所を探すために飛び出します。さらにまた秋の頃、役に立たない雄バチは、連れ出され、戻って、自分たちの食物を、それらに雄バチ何の働きもささげなかったが、食い尽さないように羽を奪われます——その他、多くのことがあります。
これらから、人類に果たす役立ちのためにミツバチに、霊界からの流入から、地上の人間のもとに、それどころか、天界の中の天使のもとにあるような統治の形があることを明らかにすることができます。 理性が損なわれていない者なら、ミツバチのこれらのものが自然界から存在しないことを、だれがわからないでしょうか? 自然のもとである太陽は、統治を模倣するものを、また天界の統治の類似物と共通なものを、何かもつでしょうか?
これらから、また獣のもとにある他の似たものから、神の信者や崇拝者は同じものから神を確信するとき、自然の信者や崇拝者は自然を確信します。なぜなら、霊的な人間はそれらの中に霊的なものを見、自然的な人間はそれらの中に自然的なものを見、このように、だれでも〔自分がどんなものであるかにしたがって〕そのように見るからです。私にとって、このようなものは自然的なものの中への霊的な流入、あるいは自然界の中への霊界の流入、したがって主の神的な知恵からの流入の証拠です。
さらに熟考してみてください、何らかの統治の形、または何らかの市民の法について、または何らかの道徳上の美徳について、または何らかの霊的な真理について、神性がその知恵から霊界を通って流入しないのなら、あなたは分析的に考えることができるかどうかです。
私にとっては、できなかったし、また今もできません——というのは、私はその流入を今や19年間、連続して、知覚でき、感覚で捉えることができるようにして認めたからであり、それゆえ、このことを私の経験から話しています。
〔ここは『結婚愛』419番、『真のキリスト教』12番7, 8で引用されています〕