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結婚愛 271

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(十一)結婚での、みせかけの愛・友情・好意の原因について

271 冷淡と分離の原因について扱ったので、順序から、結婚での、みせかけの愛・友情・好意の原因についてもまた扱うことを続けます――というのは、たとえ冷淡が夫婦の愛を分離していても、今日、それでも彼らは一緒に住み、子を産むことがよく知られているからです。見せかけの愛もまた、そして交替に、本物の愛の熱の類似のものまたは模倣したものが存在しなかったなら、それらは生じなかったでしょう。
それらの外観(みせかけ)は必要不可欠なもの、また役に立つものであり、それらなしに、家は、またここから社会も存続しないことが、続くものの中で見られます。
このことのほかに、ある良心的な者は、自分自身や配偶者の間の心の不一致、ここからの内なる仲違いが彼らの過失(落ち度)であり、責任が帰せられるという観念に苦労し、そのことのために心で苦しむことがあります。しかし、内なる不一致は、助けるために彼らの手中にないので、彼らには、厄介な〔障害が〕起こることを愛と友情の外観(みせかけ)によって、良心から鎮めることで十分です。ここから友情もまた戻ることができ、たとえもう一方から結婚愛が隠れていなくても、その中に彼の側の結婚愛が隠れています。
しかし、この章はこれらの主題の数でいろいろであるために、前のもののように項目に分けます。
その項目はこれらです――

(1) 自然界では、ほとんどすべての者が外なる情愛に関して結合されることができる、けれども、これらが不一致であり、現われるなら、内なる情愛に関して結合されることができない。
(2) 霊界では、すべての者は内なる情愛にしたがって結合される、けれども、これらが内なる情愛と一緒に働かないなら外なる情愛にしたがって結合されない。
(3) 外なる情愛があり、それらにしたがって、世で、一般に結婚生活が結ばれる。
(4) しかし、心を結合させる内なる情愛が内在しないなら、結婚生活は家の中で損なわれる。
(5) それでも結婚生活は世で、いのちの終わりまで両方の者に持続されなければならない。
(6) 内なる情愛が結合していない結婚生活の中に、内なるものを偽り装い、仲間となっている外なる情愛が存在する。
(7) ここから、夫婦の間に、見せかけの愛または見せかけの友情・好意がある。
(8) これらの見せかけは結婚の模倣であり、それらは役に立ち、必要なものであるので称賛に値する。
(9) 自然的な人と結合した霊的な人のもとで、結婚のこれらの模倣は、公正と思慮分別からの賢明なものである。
(10) 自然的な人のもとで、これらの結婚の模倣は、いろいろな原因のために、思慮分別からの賢明なものである。
(11) 改善のためであり、調整のためである。
(12) 家庭の事柄で秩序を維持するためであり、相互の助けのためである。
(13) 幼児の世話のためであり、子どもに対して一致するためである。
(14) 家の中の平和のためである。
(15) 家の外の評判のためである。
(16) 配偶者からまたはその親類から期待されるいろいろな好意のためであり、このようにそれらを失う恐れのためである。
(17) 汚点の弁解とここからの悪評の回避のためである。
(18) 和解のためである。
(19) 年取った時、男(夫)のもとの能力が終わる時、妻の好意が終わらないなら、結婚を模倣している友情が生じることができる。
(20) 夫婦の間に、一方が服従し、ここからもう一方が服従させるいろいろな種類の見せかけの愛と友情が存在する。
(21) 世では、内的に最も和解しにくい敵であり、外的に最も結合した友のようである夫婦の間に、地獄的な結婚が存在する。

. 今からこれらの説明を続けます。