信仰について 52
52 仁愛から分離した信仰の中にいる者がペリシテ人によって表象されたことは、イスラエル民族との彼らの戦争からだけでなく、彼らについて、みことばに記録されている他の多くのことからも明らかにすることができます。例えば、彼らの像ダゴンついて、痔とネズミについて、彼らは自分たちの像のある神殿の中に〔契約の〕箱を置いたために、痔に打たれ、ネズミに悩まされました、またその時に起こった他のことからです(それらについて、「サムエル記Ⅰ」第5、第6章)。同じく、ダビデにより殺されたペリシテ人であったゴリヤテについてからも(そのことについて「サムエル記Ⅰ」第17章)。
というのは、彼らの像ダゴンは、上方は人間、下方は魚のようであって、そのことによって、彼らの宗教が表象されたからです。その宗教は信仰から霊的なもののようでした、けれども仁愛がないことから単なる霊的なものでした――彼らが打たれた「痔」によって、彼らの愛の不潔さが意味されました。彼らが悩まされた「ネズミ」によって、真理の虚偽化による教会の荒廃が意味されました。また、ダビデにより殺されたゴリヤテによって、彼らの自己知性の高慢さが表象されました。