主について 22
22 主にある「神の子」が何を、また「人の子」が何を意味するか知る者は、みことばの多くの秘義を見ることができます。なぜなら、主は、扱われている事柄にしたがってどこでも、ご自分を時には「子」、時には「神の子」、また時には「人の子」と呼ばれるからです。
その方の神性・父と一つ〔であること〕・神的力・その方への信仰、その方からのいのちについて扱われている時、ご自分を「子」また「神の子」と呼ばれます(例えば、ヨハネ5・17―26、また他の箇所に)。
けれども、そこに受難・審判・来臨、また全般的にあがない・救い・改心・再生について扱われている時、ご自分を「人の子」と呼ばれます——その理由は、その時、みことばに関するその方が意味されるからです。
旧約聖書の中で、主はいろいろな名前で呼称されています。そこに、どこでも扱われている事柄にしたがって「エホバ」「ヤー」「主」「主エホビ」「万軍の主」「イスラエルの神」「イスラエルの聖なる者」「ヤコブの力ある者」「シャダイ(全能者)」「岩」なおまた「創造者」「形成者」「救い主」「あがない主」と呼ばれています——新約聖書の中でも同様に、そこのどこにでも、扱われている事柄にしたがって、「イエス」「キリスト」「神」「神の子」「子」「預言者」「小羊」などと呼ばれています。