主について 23
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23 主が「神の子」と呼ばれるか、これまで言いました。今や、主がどこから「人の子」と呼ばれるか、言います。
受難・審判・来臨について、また全般的に、あがない・救い・改心・再生について扱われているとき「人の子」と呼ばれます。その理由は、「人の子」が、みことばに関する主であり、そして、その方は、みことばとして苦しめられ、審判し、世にやって来て、あがない、救い、改心させ、再生させられるからです。
そのようであることは、今から、続くものから明らかにすることができます。