神の愛と知恵 219
219 しかし、生きたコナトゥス(努力)・生きた力・生きた運動へ、それらを適用してみます。
生きた主体である人間の中のコナトゥスは、理解力に結合した彼の意志です。人間の中の生きた力は内的にその身体を構成し、そのすべてのものの中にいろいろな方法でつながった運動繊維があります。そして人間の中の生きた運動は活動であり、それは理解力に結合した意志により、それらの力を通して生み出されます。というのは、意志と理解力に属する内的なものは、最初の段階をつくり、身体に属する内的なものは、第二の段階を、そしてそれらの合成物である全身は、第三の段階をつくるからです。
心に属する内的なものは、身体の中の力を通してでないなら何も活力がないこと、力は身体の活動そのものを通してでないなら活力の中にもないことは、よく知られています。これらの三つのものは連続によってではなく、分離によって働き、分離によって働くことは対応によって働くことです。
心に属する内的なものは、身体の内的なものに対応します。身体の内的なものは、その外的なものに対応し、それを通して活動が存在するようになります——それゆえ、二つの前のものは身体の外的なものを通して活力の中にあります。
人間の中のコナトゥスと力は、睡眠中やまた休息状態のときのように、活動の中になくても、何らかの活力の中にあるように見られることができますが、それでも、その時、努力と力の方向は、心臓と肺である身体の運動の全般的なものの中にあります。しかし、これらの活動がやむとき、力も、力とともにコナトゥスもやみます。