神の愛と知恵 246
246 その霊的な熱は、悪を罪として避け、そのとき主に目を向けることでしか得られません。
なぜなら、人間が悪の中にいるかぎり、それらの愛の中にもいるから、というのは、それらへの欲望の中にいるからであり、そして悪の愛と欲望は霊的な愛と情愛の反対の愛の中にあり、その愛または欲望は悪を罪として避けることによらないなら、取り去られることはできず、人間は自分自身によりそれを避けることできず、主によらなければならず、それゆえ、主に目を向けなければならないからです。
そこで、主により悪を避ける時、悪の愛とその熱は取り去られ、それに代わって善の愛とその熱がもたらされ、それによって上の段階が開かれます。
というのは、主は上から流入し、それを開かれ、その時、愛を知恵に、すなわち、霊的な熱を霊的な光に結合されるから。その結合から人間は、春の時の木のように、霊的に開花し始めます。