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神の愛と知恵 322

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322 その世界のすべてのものが映像の中に人間を映し出していることは、今(321番)言及されたそれらすべてのものが、天使のまわりに、天使の社会の周囲に、彼らから生み出され、創造されたかのように生き生きと見られ、存在するようになり、彼らのまわりにとどまり、去らないことから、はっきりと明らかにすることができます。
 彼らから生み出されるか、創造されたようなものであることは、天使が立ち去るとき、または社会が他に移るとき、もはや見られないことから明らかです。なおまた他の天使が彼らの場所にやって来る時、彼らのまわりのすべてのものの外観は変わります。楽園は樹木と果実が変わり、花壇はバラと種が、なおまた平原は草本と草が、獣と飛ぶ動物の種類もまた変わります。
 このようなものが存在するようになることと、このように変わることは、それらのすべてのものは天使の情愛とそこからの思考にしたがって存在するようになるからです。というのは、それらは対応であるから。それら対応するものは、対応するものと一つとなっているので、それゆえ、それらは表象する映像です。
 その映像そのものは、それらすべてのものがその形の中で眺められる時には見えませんが、それらが役立ちの中で眺められる時に見られます。
 天使は、自分たちの目が主により開かれている時、またそれらを役立ちの対応から見る時、自分たち自身がそれら〔対応物〕の中いることを認め、それらを見ます。このことを見て、知ることが私に与えられました。