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神の愛と知恵 353

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353 だれでも、自然の中に見ることのできるものから、欲するなら、神性を確信することができ、そしてまた神について生活に基づいて考える者も確信します。例えば、空を飛ぶ動物を見る時です。それらの種類のどんなものでも、自分の食べ物を、またどこにあるかを知っています、音と視覚から仲間を、さらに他の種類でだれが自分たちの友で、だれが敵であるか知り、つがいとなること、交尾を知っています、巧みに巣を作り、そこに卵を置き、それらを孵化し、孵化の時を知っていて、そのことで正確にひなを孵化し、それらを最も優しく愛し、翼の下で育み、食物を与え、また食べさせ、このことをひなが自分自身で行なうまで、家族を生み、自分の種属が永続するためにまた同様のことを行なうことができるまで、するのです。
 霊界を通って自然界の中への神的な流入について考えようと欲する者はすべて、これらの中にそのことを見ることができます。さらにまた、欲するなら、「それら〔鳥〕のこのような知識は、太陽からその光線を通して流入することはできない。というのは、自然がそれ自体の起源と本質を得る太陽は純粋な火であり、ここからその光線はまったく死んだものであるから」、と自分の心に言うこと、このように、「このようなものは自然の最も低いものの中へ神的な知恵が流入するからである」と結論することができます。
 〔ここは『結婚愛』417番、『真のキリスト教』12番5で引用されています〕