神の摂理 24
24 主により、「関係」によって善と真理の結合が備えられています――というのは、善がどんなものであるかは、善がより少ないものとの関係によって、また悪からの圧迫によってでないなら、知られないからです。
すべての知覚力や感覚的な能力、それらの能力の性質がこの関係からです――なぜなら、このようにすべての楽しさは、楽しさがより少ないものから、また不快なものによって、すべての美しさは美しさがより少ないものから、また醜いものによって、同様に、愛のものであるすべての善は善のより少ないものから、また悪によって、知恵のものであるすべての真理は真理のより少ないものから、また虚偽によって知覚され、感じられるからです。
すべての物事の中にその最大のものから最小のものまで変化がなくてはなりません、その対立するものの中にもまた最小のものから最大のものまで変化があり、そして平衡が間にあって、その時、段階にしたがって両方の側に関連性が生じます。そして、物事の知覚と感覚は増すかあるいは減ります。
しかし、対立するものは、知覚と感覚を取り去るかまたは高めることを知らなくてはなりません――それらが混ざるとき感覚と知覚を取り去り、それらが混ざらないとき高めます。そのために、主は人間のもとで混ざらないように、天界と地獄が分離されているように、微妙に善と悪を分離されています。