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神の摂理 61

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61 すべての人間の霊は情愛とそこからの思考であり、すべての情愛は愛のものであり、思考は理解力のものであるので、すべての愛は自分自身の愛であり、そこからの自分自身の理解力です――その理由は、人間は自分の霊だけから考えるとき、家で自分自身で熟考するようになるとき、彼の愛のものである情愛から考えるからです。
ここから、人間は死後に霊となるとき、自分の愛の情愛であり、また彼の情愛以外のものである他の思考はないことを明らかにすることができます。
彼に愛が悪のものであったなら、悪の情愛があり、それは欲望です。彼に愛が善のものであったなら、善の情愛があります――それぞれの者に、悪を罪として避けるかのような善の情愛があります。それぞれの者に、悪をこのように避けないかのような悪の情愛があります。
それで、すべての霊と天使たちは情愛であるので、天使の全天界は、すべての情愛の善の愛でしかなく、ここからすべての知覚の真理の知恵であることが明らかです。
すべての善と真理は主からであり、主は愛そのものと知恵そのものであられるので、天使の天界はその方の映像であることがいえます。
神的な愛と神的な知恵はその形の中で「人間」であるので、天使の天界はそのような形以外のものではありえないこともいえます。
しかし、この多くのものについて続く章の中で述べます。