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神の摂理 127

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127 人間が自分自身を調べ、自分の罪を見、それらを認め、それらを神の前で告白し、それらから離れること、またこれが悔い改め、罪の赦しであり、ここから救いがあるという共通の宗教が全キリスト教世界の中にあることは、すべてのキリスト教会の中で聖餐の前に朗誦される祈りから、前のところに示されています。
さらにまた同じことを、アタナシウスにちなんで名前づけられた信仰から明らかにすることができ、それもまた全キリスト教世界の中で受け入れられていて、そこにはその終わりに次の言葉があります――

主は生きている者と死んだ者を裁くためにやって来られ、その来臨の中で、善を行なった者は永遠のいのちの中へ、悪を行なった者は永遠の火の中へ入る。