カテゴリー

神の摂理 164

163◀︎目次▶︎165

164 しかし、このことは天使の知恵のアルカナであるので、霊的な心が開かれていないなら人間により理解されることができません、というのは、人間は主との結合から天使であるから。〔これまでの〕前提から、その人間は次ものを理解することができます――

(1)天使と同様に人間のすべての者は、主との結合にしたがって、すなわち、同じことであるが、その方からの愛と知恵の受け入れにしたがって、主の中に、主は彼らの中にいる。
(2)これらから、それぞれの者は、結合がどんなものか、すなわち、主の受け入れがどんなものかにしたがって、主の中に、このように天界の中に場所を割り当てられる。
(3)自分の場所の中のそれぞれの者は、他の者の状態から分離された自分の状態を持つ。共通のものから、自分の位置、自分の役目、自分の必要なものにしたがって、まったく人間の身体の中のもののように、自分に定められたものを得る。
(4)それぞれの人間は、主により自分のいのちにしたがって自分の場所に導かれる。
(5)それぞれの人間は、幼年期から、霊魂といのちが主である神的人間性の中へ入れられる。その方の知恵の神的なものにしたがって、その方の愛の神的なものから、その方の中で、その方の外でなく、導かれ、教えられる――しかし、人間の自由は取り去られないので、人間は自分自身からのように受け入れることにしたがってしか導かれ、教えられることができない。
(6)受け入れる者は、曲がりくねった道を通ってのように、無限の回り道によって、ほとんど乳糜が腸間膜と乳管を通って乳糜槽の中に、これから胸管を通って血管の中へ導かれるかのように、このように自分の座の中に、自分の場所へ導かれる。
(7) 受け入れない者は、人間から糞と尿が排泄(分離)されるように、神的人間性の内部にいる者から分離される。

これらは人間によりいくらか理解されることができる天使の知恵のアルカナです、しかし、理解されることができない多くのものがあります。