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神の摂理 169

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169 これらは、照らしの相違であり、ここから知覚と思考の相違です。
霊界から実際に照らしがありますが、しかし、その光からの照らしそのものは、自然的な光と霊的な光に共通なものがないので、自然界の中に見られません。しかし、その照らしは、私に、霊界の中で数回、見られました。主からの照らしの中にいた者に見られたものは、頭のまわりを照らされた、人間の顔の色で赤く輝くもののようでした。
けれども、自分自身からの照らしの中にいた者のもとに見られたものは、頭のまわりでなくて、口のまわりとあごを照らされたもののようでした。