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神の摂理 181

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181 心の霊的なものの中に似たものがあるのは、身体の自然的なものの中に似たものがあるように、心のすべてのものは身体のすべてのものに対応するからです。それゆえ、心がまた身体を外なるものの中で、全般的なものの中で、意のままに働かせます。
見るために目を、聞くために耳を、食べ、飲み、話すために口と舌を、つくるために手を、歩くために足を、子孫を産むために生殖の器官を働かせます。
心はこれらへと外なるものを働かすだけでなく、すべての連鎖の中で最内部から最外部の内なるもの、最外部から最内部の内なるものをも働かせます。
したがって、話すために口・肺・咽頭・声門・舌・唇を、それぞれが別々に同時にその機能に向けて働かす時、顔をもまた適当するものへ向けて働かせます。
[2]ここから、身体の自然的な形について言われることは、心の霊的な形について言われなくてはならないこと、身体の自然的な働きについて言われることは、心の霊的な働きについて言われなくてはならないことが明らかです。それゆえ、人間が外なるものを制御するように、主は内なるものを制御します。人間が自分自身から外なるものを制御するなら、それとは異なって、主から外なるものを制御するように、また同時にそれらを自分自身からのように制御します。
人間の心もまたすべてにおいて人間の形です。というのは、それは、死後、世の中でのように完全に人間のように見える彼の霊であるから。またここから、両方の中で似ています――このように、身体の中で内なるものと外なるものの結合について言われることは、さらにまた、一方は自然的であり、もう一方は霊的であるという単なる相違とともに――心の中での内なるものと外なるものの結合についても理解しなければなりません。