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神の摂理 196

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196 さて、人間の身体ではなく心が考えて(そして、それ自体の情愛の快さから考える)、人間の心は彼の死後に生きる霊であるので、人間の霊は情愛と思考以外の何ものでもないことがいえます。
情愛なしに何も思考が存在することができないことは、霊界のそこの霊と天使たちのすべての者が彼らのいのちの愛の情愛から考えること、それらの情愛の快さがそれぞれの者を彼の大気のように取り囲むこと、また彼らの思考を通して情愛から発散するこれらのスフェアにしたがって、すべての者はそこに結合されることから明らかです――さらにまた、だれでもどんなものであるか自分のいのちのスフェアから知られます。
これらから、すべての思考は情愛からであること、それ自体の情愛の形であることを明らかにすることができます。
意志と理解力の場合も同様であり、善と真理の場合も同様であり、仁愛と信仰の場合も同様です。